Archive for the ‘パパママブログ’ Category

第25話 特別応援企画 上十三地区就労支援セミナー

投稿者:sorasora

November 24,2011

上十三就労支援セミナー

平成23年 11月19日、上十三地区就労支援セミナー(主催 お助けマンクラブ)に参加させて頂いた。

今回は、一日を通してのセミナーとなり、主に各障がいの事業所より、就労に関する事例などの紹介があった。例えば、『工房 あぐりの里』の様に、青森県上北郡おいらせ町で地域貢献している事業所を初め、各地区で目覚ましく活躍している障がいの事業所が講演された。

こうした機会は、三沢市では初めてらしく、非常に貴重な時間になったことは間違いない。私もその時間の中でいろいろなものを勉強させて頂いた。

話は変わるが、この上十三地区で聞かれる噂で、『この地区は、福祉が遅れているよね。』と言う言葉を聞いた時が時々ある。

先日、三沢市社会福祉協議会のスタッフが、あるイベントを通じて私にこう教えてくれた。
『福祉の「ふ」は、普段の「ふ」、福祉の「く」は、暮らしの「く」、福祉の「し」は、幸せの「し」、つまり福祉とは、普段の暮らしを、幸せにするもの』と・・・

こうして考えると、私はこの青森県上十三地区において、福祉がどのレベルにあるか良く分からないが、『普段暮らしの幸せ』が、進んでいれば、自分の子供をはじめ、みんなが住みやすい地区になるのかもしれませんね。

また、そうした生活は、一人の力ではなく、みんなの力から生まれると思います。

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第24話 フォーラムの中で見つけたもの

投稿者:sorasora

November 7,2011

先日、三沢市にて『 2011 自閉症フォーラム IN MISAWA 』を開催させて頂いた。

一つの言葉から、始まった物語。正直、自分に動かす力なんてなかった。

でも周りを見渡すと、企画を動かす事が出来る多方面に優れた方や、協力を惜しまない方など、必ず誰かが存在して、夢をつなげてくれるのではないかということを感じた、又、この場をかりて、最高のスタッフの方々が、この企画に賛同し実行委員として動いてくれた事に感謝を伝えたいです。

きっとなんにしても諦めたら終わりで、全てが終わってしまう。

だから、諦めないことが必要なんだと思う。

今回、フォーラムに来場して下さった方は、総勢101名。『障がいのある方の芸術・美術 作品展』のご来館者を含めると、110名程度だろうか。

私は、あの時間、会場の席をひとつでも多く埋めれなかった事に悔しさを覚えた。

でも逆によく考えたら、日常生活の限られた時間の中、こうして惜しみなく時間を作って頂き、足を運んで頂いた方に、本当に感謝しなければならないのではないかと。貴重な時間が存在しながらも、、仲間の為、地域の為、自分のスキル向上や、自分の業務対応の再確認など様々。しかし、この方たちでさえ足を運んでくれなければ、届けたいものは、伝わらずに残る。だから、多い ・ 少ないは関係なく、ご来場頂いた方々には、みんなに心から感謝しないといけないのではないか。

そう考えると、後悔することがひとつだけある。
ご来場者のご帰宅の際(会場から退場する際)恥ずかしさから、大きな声で感謝の気持ちを伝えれなかった事。
本当にご来場して頂いた方にありがとうとこの場を借りて伝えたい。

とにかく一歩目を歩み出した。

アンケートの中にも沢山の励ましの言葉や助言が詰まっていた。
フォーラムは届けるものばかりと思っていた自分に、届ける以上に大きな沢山の物を頂けた気がする。

やらなきゃ見えないもの、負えないものが沢山ある。

きっとご来場者の方々からは、『諦めるな、がんばれ』とも頂いたような気がする。
だから、これで終わらせないように先を見つめていきたい。

ご来場された方には、今一度感謝申し上げます。ありがとうございました。

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第23話 特別応援企画 2011 自閉症フォーラム IN MISAWA ②

投稿者:sorasora

October 28,2011

本日は、『 2011 自閉症フォーラム IN MISAWA 』 開催1週間前になりましたので簡単に、内容をお伝えしたいと思います。

今回ご用意させて頂いたプログラムは3つ。

一つ目は、『星の国から孫ふたり』 ~「自閉症」児の贈りもの~ の映画上映です。
この映画は、自閉症児を描いた兵がですが、他の映画と違う部分は、自閉症の特長をわかりやすく描いている部分ですね。監督の思いとやさしさにあふれる作品です。

実は、この映画、青森県初上映になっており、又、今後も上映予定はありません。全国では100ヵ所以上で上映された優良作品ですが、近隣の岩手県、秋田県でさえ、上映1回ずつと、非常に貴重な映画になっております。

数々の自閉症を描いた作品も多いですが、自閉症の触りの部分を知ることにおいては、申し分ない映画ともいえます。

二つ目は、はちのへキャラバン隊による『 みんなちがって、みんないい 』自閉症体験セミナー。
こちらのキャラバン隊は、障がいある子供たちを抱えた親が、自分の子供の特長(良さ)を知ってもらう為に、青森県をまたにかけ、活動している団体です。

普段からも活動が多忙で、一般公演がなかなか開催できない状態もあり、こちらも非常に価値ある時間になることは間違いなしです。劇や実演をとおしてのセミナーですが、とにかくわかりやすくおもしろいといった事が特長でしょうか。
本当に活動自体、尊敬できる団体です。

最後に3つ目は、障がいのある方々の芸術・美術作品展となっております。
独特の感性から生まれる心温まる作品の数々。才能を感じずにいられない空間を満喫できること間違いなしです。

以上のプログラム内容でお届けしたいと思っております。

私達の目的は、とにかくいろんな障がいがありますが、ひとつでも多く障がいの特性を理解して頂き、みんなが住みやすい地域を作ることです。

みなさんにひとつでも多く知ってもらいたい。

知ってもらえただけで、自分の子供が、将来の時間を通して、笑顔をひとつでも多く見せる事が増えると信じております。

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第22話 特別応援企画 2011 自閉症フォーラム IN MISAWA

投稿者:sorasora

October 26,2011

今、ひとつの物語が、完成と達成に向けて、動き続けている。

物語の始まりは、このナリーのパパ&ママ ブログで、ブログに対してのコメントを頂戴したこと。
あの頃は、まだ先行きも見えず、真っ白な空間が存在し、ここまでたどり着けるかどうかは半信半疑であった。

しかし、言葉(ブログ)から始まった物語は、人を介して、白い空間に、道筋のようなものを描いていった。
感心するのは、コメントをくれた中平(ペンネーム)さん。きっと想いが強かったんですね。
時間が経過する中で、発起人役として、いろいろ活動していた噂が聞こえてきました。勇気の人ですね。

又、今回の物語に欠かせないのが、物語の請負人、三沢市内を始め、地域で活躍されている松江法子さん。
私がこの人ならと思い、一番最初に相談した方であるが、やはり行動力や積極性、それ以外に何にしてもこの地域を愛してやまない信念の力を持ち合わせている人でした。

いつしかその二人が、白い空間に、空と道を描いて、私のポストにその絵を届けてくれました。

その話を頂いた時は、とても感動しました。
私は、自分に出来る事を探し、たくさん描かれた下書きの線を一つ一つ丁寧に消し、二人に再び返信しました。

後は、松江法子さんを中心に、賛同する人々が集い、絵に色を、絵に自然を、絵に人々の笑顔など書き足してくれました。

その完成した絵(イメージ)が、 『 2011 自閉症フォーラム IN MISAWA 』 です。

ときは、平成23年11月5日 13:30~ (受付 13:00~ )
ところは、三沢市国際交流教育センター 大ホールで開催いたします。
入場料500円で、定員263名の先着順となっています。

三沢タイムズで出会った物語、三沢タイムズがあったからこそ成し得た物語を、どうぞ時間があったらご来場頂き、ご覧になってもらいたいと思います。

三沢タイムズに感謝申し上げます。ありがとうございます。

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第21話 大切な人

投稿者:sorasora

September 23,2011

去る平成23年6月29日、我が子にとって大切な大切なおじいちゃんがこの世を去った。
私にとって義理の父親にあたるが、本当に心温かい優しい方であった。

また、それを一番理解していたのは我が子かもしれない。

我が子は、前世からのつながりがあるのかと思うくらいおじいちゃんが大好きだった。何をするにも「おじいちゃん、おじいちゃん!!」といつも一緒にいた記憶ばかり残る。そういえば、おじいちゃんが着用していた帽子やベスト、パジャマ等、いつも側においていた。

おじいちゃんも我が子の障がいをなんともなく受け入れてくれて、いつも誰以上にも可愛がってくれた。我が子の成長は、おじいちゃんがいてくれたからこそのものだろうと感じる。本当に感謝している。

そのおじいちゃんがこの世を去った。

最初は、この悲しみの現実を、ダウン症であり、まだ4歳と幼い我が子が理解出来るだろうかと、とても心配であった。
でも、きっとわかったんだね。まだ4歳になったばかりの我が子にも・・・・・
棺の中に入っていたおじいちゃんを見て、我が子は涙を流し、涙をぬぐった。

我が子は、悲しい事があり、涙を流す時はいつも腕で涙をぬぐう。

もう絶対会うことが出来ないことが、わからなかったとしても、今は、お別れの時なんだということが理解できたかもしれない。それを考えると我が子の成長の速さには驚かされる。

そういえばこの間のお盆も、「じっちゃん」といって、おじいちゃんが会いにきたって、、涙をぬぐって泣いていた。

障がいがあってもなくても、大切な人とも、必ず別れる時が来る。でもその経験が、人を成長させる大事なものをくれるような気がする。

今、我が子に『じっちゃんはどこにいるの?』と聞くと、我が子は、自分の胸を2回ほど叩いて、ここ(心)にいるよと教えてくれる。

嘘じゃないですよ。きっと心は、一番早く成長している様な気がします・・・・・。

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第20話 Birthday Present

投稿者:sorasora

June 4,2011

平成23年4月18日、我が子が4歳の誕生日を迎えた。

僕にとっても嬉しい日であることは間違いなかった。

しかし、ひとつだけ、悩みがあった。それは、誕生日プレゼントは何をあげようかということです。

もちろん、本人が好きなもの、興味があるもの、成長を期待出来る物など、皆さんでしたら、もしかしたら容易に出せる答えだったかもしれません。

私も誕生日プレゼントには特別な思いがあります。僕のお父さんは、子供の頃からとても厳しかった事を覚えています。そんなお父さんに欲しいものを伝えることは、本当に勇気がいるものでした。そんな中、誕生日プレゼントは自分の好きなものが手に入り、とてもうれしい時間を感じた事を覚えています。

だから、息子(2歳)には、ただ単純に好きなものを買ってあげました。

とても喜んでいました。

しかし、娘は違います。ダウン症という障がいを抱えているからなのか、ひとつのことに集中する事は出来ません。つまり何かを買ってあげても、そのものに興味をもって、継続して遊ぶことが難しいということです。
この間、専門家のリハビリの先生には、1歳半位の知能かもしれませんと言われました。

もちろん、先生の言われる前からもわかっていました。本人のことを思うのであれば、1~2歳用のおもちゃ、しかし、僕の中で描くのは4年の時間を経た我が娘。

迷った末、選んだプレゼントは、キッチンままごとセット。食欲旺盛な娘に将来の調理の意味を込めて・・・・・

今年はなんとか喜ばす事が出来ました。しかし、今後、僕の愛しい娘へのBirthday Presenntの構想は決まっていません。

僕は、娘のBirthday Presenntに何を届けるべきでしょうか・・・・

迷うことが、相手の事を思いやることなら、これから考え続ける事も価値あることかもしれません。

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第19話 レインマンと日常生活

投稿者:sorasora

May 7,2011

先日、1988年の映画の名作 『 レインマン 』と出会った。

名作である為、ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、トム・クルーズとダスティン・ホウマン共演の自閉症を題材とした映画。
もちろん役者さん達のこと細かな演技やしぐさなどは、当時のアカデミー賞4部門獲得することにもうなづける満足の作品。

その中で感じた事は、やはり障がい者の日常生活とアメリカ国での早くからの障がいの認識。
映画は自閉症を取り上げたものであるが、日常生活のスケジュールが変わらない中では、本人も安心して過ごす時間を作る事が出来ていた。しかし、施設から一歩、日常社会に出ると、突然のトラブルも多く、本人が受け入れするには時間を要したり、困難を極めたりもする状況が待っていた。

このことから感じた事は、障がい者にとって施設も一つの選択肢として必要なんだということ。

先日、地方紙の東奥日報新聞で、東日本大震災での障がい者に焦点をあてた記事が目に入った。
その記事では、避難所での共同生活が難しいという障がい者専用の避難所を期待した声。
沢山の人の前ではパニックを起こしたり、夜中に叫び声をあげて迷惑をかける事や慣れない環境に溶け込めないなど、いろいろな理由がある様子。

今回は避難所の用意など難しかったかも知れませんが、今後の起こりうる災害の為にも、この声は大切にして欲しいです。

こうして思うのは、やはりまだまだ自分も、又、地域を支えるみなさんも障がいについてはまだまだ知らない部分、知ろうとしない部分があるのかも知れませんね。

1988年のアメリカの『レインマン』として自閉症の方が取り上げられたように、どんな形でも皆さんのなかに、障がいというものが優しく溶け込むような時間がくることを願っております。

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第18話 ドキュメンタリーブログ どうしようもない僕に降りてきた天使 あとがき

投稿者:sorasora

March 27,2011

 まず、このドキュメンタリーをご愛読して頂いき、心より感謝申し上げます。

 私は、このドキュメンタリーを書くにあたり、同情して欲しいという気持ちは少しもありませんでした。
ただ、ひたすら、愛しい我が子に対して、どうしてこんな思いを持ってしまったのか。我が子へ懺悔(ざんげ)の気持ちがありました。

もちろん、私は福祉関係者であり、今まで障がいは、受け入れられますと何度も繰り返してきました。
だから、周りのみなさんに、後ろ指差されたり、白い目でみられる事ももちろん覚悟の上でした。

 それでも書かないといけないと思ってしまったのは、子供が生まれて嬉しい事なのに、どうしてこんなに涙が出るのか、どうしてこんなに苦しむのか、どうしてその子を否定した未来を望むのか。

 そう思ったら、「障がいは、いつかは受け入れらますよ」という表面上ののきれいなものだけでは、この世界は変えられないと思ってしまったんです。 障がいが少しずつ浸透し続けている現在でも、まだまだ心を痛める人も多いし、存在を否定してしまう人もいると思うんです。

だから、ドキュメンタリーの中にいろんな人へのそれぞれのメッセージを込め、書き上げました。

 ちなみに、私は付いていました。周りのみんなが、自分の子供のように、我が子を心配してくれて、我が子の名前をたくさん呼んでくれた事。何度も可愛いと言ってくれた事。入院した三沢市立三沢病院も弘前大学付属病院の看護婦さんも、患者に不公平はないから、安心させようとしてのコメントだと思うんですが、「ミルクをあげるのにいつも取り合いになるんですよ。」と愛情ある言葉をかけてくれました。その度に、その度に、嬉しくて。きっと僕を、悪魔から救ってくれたのも、みんなの心配してくれる思いやりの心だったのかもしれません。

 そうして考えると、我が子だけではなく、自分、いやみんな、いろんな人に支えられながら生きている。

 だから、伝えたいと思ったんです。

 受容はひとつじゃない。どんな思いを持ってもいい、時間がかかってもいい、未来に自信を持てなくてもいい、ただ今いるひとつの命、例え障がいを持っていても、愛情を持つことが出来れば、我が子を信じる事が出来れば、新しい未来を切り開いていけるんだと思います。

このドキュメンタリーにかけた思い、我が子だけの未来でなく、みんなが安心して過ごせる世界。
障がいの子供が生まれても、涙の数が減って、少しでも早く笑顔を取り戻せるように・・・・・

みんなが天使の手伝いをしてくれるように・・・・・

 

ドキュメンタリーブログ どうしようもない僕に降りてきた天使 あとがき 終わり。

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第17話 ドキュメンタリーブログ どうしようもない僕に降りてきた天使⑦ 天使

投稿者:sorasora

March 10,2011

 我が子が、にじんだドアの向こうに消えていった。

 生まれてまだ4ヵ月と10日足らず。まだ体重も3000gそこそこで、ミルクも制限しながらの小さな体。そんな体で、生きる為に向かった未来への空間。私達は、ただ、それを見守り、神様に祈るしかできなかった。

 切なく、果てしなく長い時間が流れた・・・・・。

 手術は、1時間後無事終了。

 手術室から出てきた我が子を見たら、嬉しくて、嬉しくて涙が出てきた。
 先生からも、問題なく手術終了したと報告を受けた。

 その後、我が子の麻酔が切れ、大声で、『ギャー、ギャー』かぼそい声を挙げる。
 口には酸素があてられたまま。

 かぼそい声は、泣き止まず、叫び続ける。

 ここまで泣かれると、切なくて、切なくて、どうしようもなく、心の奥底まで響いてきた。
 でもそれは、痛いよという言葉だけでなく、頑張って生きてるよという言葉にさえ取れた。

後日、主治医より、肝生検の結果、異常なしと説明があり、早々、9月9日の退院が告げられた。

入院してから3カ月。退院の日は、看護婦さんに、我が子の思いを代弁した、妻からの手紙(色紙)を渡した。手紙の中身は、沢山のありがとうと、これからここにくる私(我が子)の友達を宜しくお願いしますとの言葉。感謝の思いを込めながら、涙でのお別れになった。

 こうして考えると、一つの命はいろんな人に支えられている・・・・・。

 今、我が子は、、あの時と正反対のいたずら元気娘となって親の手を煩わせている。
 親でありながら、我が子の命も思えない悪魔、障がいから逃げ出そうとした心の影。

 しかし、我が子は、命を賭して、命の大切さ、障がいの意味・重さを教えてくれた。
 小さな、小さな天使が教えてくれた。

 そんな、どうしようもない僕に降りてきた天使は、今でも僕の隣で笑っている・・・・・。

どうしようもない僕と天使

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い間、ご愛読ありがとうございます。次回は、『あとがき』。

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第16話 ドキュメンタリーブログ どうしようもない僕に降りてきた天使⑥ 天秤

投稿者:sorasora

February 27,2011

 手術当日の午前、僕たち夫婦は岩木山神社にいた。人間の最後の頼みの綱とでもいうのであろうか『神頼み』。

 悪魔であった私もこの頃を境に、何が大切で、何が必要なのかわかってきた様な気がした。
 我が子が生まれて約五カ月、激しくて、しかし温かく優しい時間が過ぎた。

 そんな中、最後に待っていたのは、頭の中に描いた天秤(てんびん)。掛けられたのは、『我が子の命』と『障害を負わない人生』。

  平衡を保つかと思われた天秤だが、『我が子の命』に大きく傾き、頭の中から天秤が一気に崩れ落ちた。
 決め手になったものは、『もし我が子が、この世からいなくなったら・・・・・』 ただ単純にそれだけだった。

  黒く染まっていた暗闇の心は、少しずつ淡い色を取り戻す。
  負けたという感覚ではない。時間を通して教えられたという感じ。

 岩木山神社の神様は、それをどう捉えたか。

 神様には『手術が成功し、早く一緒におうちに帰れる様に ‼  』と、何度も、何度も繰り返してお願いした。又、お守りも頂き、神社を後にした。

 病院で待っていたのは、手術の為に、大好きなミルクを止められて、泣いていた我が子。
 手術に備え、新品のプーさんの絵柄がついた手術着に袖を通してもらい、最後に僕と妻の思いをのせたお守りを添えた。
 『大丈夫、大丈夫だよ。』何度も語りかけた。

 でも本当は、不安で、不安でしょうがなかった。今回の肝生検(※1)で先生は、遺伝子や細胞、肝臓の線維化(※2)を調べると話していた。手術でのリスクは低いものの、切られる身体の痛みや肝臓の線維化、骨髄増殖性疾患(白血病)の関与性の生命の心配があった。

 我が子は、麻酔薬が入り、深い眠りへ。

 僕と妻は、我が子を、手術室へ見送る。

 扉の向こうに消えていく姿を見ていたら、とめどなく涙があふれてきて、その涙を止める事が出来なかった。

 

 次回へ続く

※1 肝臓の細胞を切り取り調べる手術
※2 内臓を組織している結合組織が異常増殖し、丈夫になるというか、柔軟性をなくして硬くなること

 三沢市ダウン症サークル スマイルSUN スマイルSUNにゅーす掲載

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