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54.「まちづくりは人づくり」というが・・?

投稿者:山さん

March 8,2010 | コメント(9)

 暖冬と言われた割に例年になく雪が多く、寒さの厳しい毎日からようやく解放されたかと思う今日この頃です。我が家の築山にも二年ぶりにかわいいきれいな黄色い福寿草の花が一輪咲いて春の訪れの近いことを知らせてくれています。
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我が家で今年もお雛様を飾りました。
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 3月は平成21年度の締めくくりを迎えるので、各職場や行政ではその締めくくりの総括に忙しい日々を迎えていることと思います。私も昨年4月より「三沢市協働のまちづくり市民会議」のメンバーとして2年間携わり、いろいろと学ぶことの多い一年間に感謝しています。

 私達の取り組んでいる市民会議も2月の会議で一年間のまとめをすることになり、今月23日(火)に中間報告の形で市長へ報告することになっています。来年度が最終年度ですので、あと一年間を掛けて最後の話し合いを続けて最終報告書を完成させることになります。

 そこで、「まちづくりは人づくり」について考えて見たいと思います。“まちづくりの基本は人づくり”というのはその通りだと思います。さて、人とは一市民であり各職域に勤務する人々、各種団体(NPOを含む)や行政に勤務する人々総てを含むことになります。

 あえて今、なぜ?協働のまちづくりなのか?ということですが、三沢市が平成20年度から24年度まで『三沢市総合振興計画(前期基本計画)』を策定し、その中で基本理念として「人とまち みんなで創る 国際文化都市」を掲げ、上記の「三沢市協働のまちづくり市民会議」を発足させたのです。メンバーは学識経験者、社会福祉関係者、連合PTA、漁協及び農協職員、連合町内会、商工会青年部、観光協会、民間企業、青年会議所、民間活動団体代表者、公募委員からなる16名です。アドバイザーとして八戸大学の前山教授、市の担当課は広報広聴課でスタートした会議です。

 現在、何処の自治体も出来るだけお金をかけずに、市民や各種団体が協力して市の発展に協力をしてほしいとう時代の動きの一環だと思います。単なる “まちづくり”ではなく“協働のまちづくり”にしてあるのが憎いところです。協働ですのでその言葉通りの意味ですが、市の説明によれば~「みんなで創る」とは、行政だけではなく、NPO、町内会、各種団体、個人や家庭等とそれぞれの特徴を活かした役割分担のもと、協力してまちづくりに取り組むということです~とあります。言葉は違いますが、「みんなで創る」=「協働のまちづくり」のことだと思います。

 この一年間の会議を経て感じたことは、私達市民に協働のまちづくり意識を持たせることは市民の人づくりとして大事ですが、市役所職員である行政の協働のまちづくりに関する意識の高揚は大丈夫なのだろうか?ということです。市役所の一つに過ぎない広報広聴課だけが担当してこの大きな取り組みである「協働のまちづくり」が軌道に乗るだろうかという懸念が残ります。

 『広報 みさわ』1月号に市民会議で決定した「協働のまちづくり」の基本理念を“市民一人ひとりが輝き参加し、心ふれあう個性豊かな協働のまちづくりを目指します”としました。皆様も是非、積極的に協働のまちづくりに感心とご意見をいただければ嬉しく思います。市の職員も含めてあらゆる職域や団体、個人の多くが「協働のまちづくり」に関心を示してくれることこそが三沢市の広い意味での人づくりになることと思います。

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53.「人間に口は一つ、耳は二つあるのはなぜ?」

投稿者:山さん

February 24,2010 | コメント(2)

 二月は私にとって、何かと忙しい日々が続きました。上旬には親しくさせてもらっていた元同僚で、何かとお世話になっていた方が70歳をちょっと過ぎたばかりで急逝されました。癌を克服されて十数年も素晴らしい文化活動を活発にされていた方でした。本当に残念でなりません。三沢市にとってもまだまだ必要な方で、多くの方々がお通夜に来てくれていました。

 中旬に久しぶりの海外旅行へ出かけて来ました。カンボジアの世界遺産アンコールワット遺跡とベトナムのハノイにある世界遺産ハロン湾等の観光です。

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 カンボジアとベトナムは隣国ですが、その生活レベルの違いにビックリしてしまいました。どちらも内戦や戦争を繰り返してきた悲惨な歴史のある国同士ですが、カンボジアの田舎は、私達の小さかった頃よりもまだひどいのではないかと思ったほどです。一方、ベトナムは日本やフランス、アメリカと戦って独立した逞しさからなのか、カンボジアよりは活気があり動き出した頃の中国に似たような思いで見てきました。

 前置きが長くなりましたが、現職の頃に子ども達へ月一回、必ず話さなければならなかった内容の一例を思い出して書いてみます。1年生(6歳)から6年生(12歳)までに分かるように話さなければならないので、毎月大変な苦労をしたものです。「私達人間には、どうして口が一つで耳が二つあるのかな?」という内容でした。口は自分の思った事や考えを話して相手に伝えるため、耳はいろいろな音や人の話す言葉を聞くためだということは、話せば1年生から6年生まで分かってはくれました。

 なぜ、口が一つで耳が二つなのかはなかなか分かってもらえませんでした。私が本で読んだ「自分で話した事の二倍の事をよく二つの耳で聞くようにしなさい、と言うことですよ!」と説明すると1年生でも分かってくれました。旅行中に若い女性添乗員にこの話をしたら、とっても興味を示してくれました。添乗員はツアー客をより安全に案内するために、二つの耳をフルに働かせて多くの事を聞き分けなければなりませんので大事なことです。

 これと関連する言葉をたまたま旅行中に読んでいた本の中に見つけました。それは、物理学者、随筆家、俳人でもある寺田寅彦氏の「眼は、いつでも思った時に閉じることが出来るように出来て居る。併(しか)し、耳の方は、自分では自分を閉じることが出来ないように出来ている。何故だろう。」と。これも大変に味のある言葉ではないでしょうか?

 自分の眼で見るか見ないかは自分で判断できますが、聞くか聞かないかに関係なく聞こえてきますので、自分なりに聞いた内容を取捨選択して自分のために活かさなければなりません。考えてみれば、人間の体のつくりはそれなりにきちんと意味があって、手足や指、口、眼、鼻、耳の数や付いている位置関係等も理由があるだろうと感心しながら納得している私です。

 私達は日常生活の中でも、自分の話した内容以上に多くの事に耳を傾けて、心から聴く姿勢を持たなければいけないことを考えさせてくれるいい言葉だと思います。

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 我が家の君子蘭が、室内で早くも花を開き始め日一日と春の近いことを知らせてくれています。アンコールワットの写真も一枚だけ掲載させてもらいました。

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52.「一年の計は今日にあり」

投稿者:山さん

January 19,2010 

 大変遅くなり過ぎましたが、ちょっと控えめに~今年もよろしくお願い申し上げます~

新しい年を迎えたのになかなかコラムを更新できずちょっとあせっているところです。

 さて「一年の計は元旦にあり」と言いますが、今年の私にとっては「一年の計は今日にあり」

ですね。このコラムを元旦に掲載できれば「一年の計は元旦にあり」で良かったのですが・。

 いろいろ調べて見ますと「一日の計は朝にあり」とか「一年の計は春にあり」「一生の計は少壮の時にあり」などたくさんあります。いずれにしても、計画は早めに立てて目標に向かい一生懸命努力することの必要性を伝えているのだろうと理解しています。戦国武将の毛利元就は「一年の計は努力にあり」と言ったそうです。少し意味は違いますが「努力に勝る天才なし」の努力という点では同じでしょうか?総ての計画は努力なくして達成できないということですね。

 皆様はもう既に「一年の計は元旦にあり」で、今年の計画と言いますか、取り組むべき事が決まって新しい年の今日を迎えていることと思います。

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 さて、この私も今年は思い切って新しい事に挑戦することにしました。それはピアノ教室に通うことです。昨年から「来年も何か新しい事に挑戦しよう!」と考えていましたが、なかなか決まらず、昨年の暮れになってようやく「よし、ピアノ教室に通おう!」と決心をして、今月の7日(木)よりシニアピアノ教室?と言っても私一人ですが、ピアノを習いに来ている子ども達や同伴の保護者に不思議そうな目で見られながら毎週通っています。

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 考えてみると退職1~2年目は料理教室とパソコン教室、2~3年目はフラワーアレンジメント教室とロード自転車に挑戦、4年目はハーモニカ、そして5年目の今年はピアノ教室と続けてきています。どれも極めるというのではなく浅く広くですが、それでも学んだ事を自分の日常生活に少しでも役立てているつもりです。

 料理は日常的にしないので家内に笑われていますが、一人の時は総て自分で作って片付けても苦になりません。パソコン教室に通ったおかげでこのコラムを担当させてもらったり、会員制ブログでマイフレンドができて訪問し合ったりもしています。フラワーアレンジメントは自宅の花を使って時々、玄関前に飾って自己満足をしています。ロード自転車は健康のために春から秋までいい運動になって助かっています。ハーモニカは三沢に愛好会を結成して、少しずつ活躍の場を広げています。

 ピアノは何処までやれるかわかりませんが、簡単な曲を伴奏付きで弾けるように練習中です。現在は、「500マイル」と「おおスザンナ」を練習中ですが、両手を同時に動かすことの大変さを嫌というほど味わっています。指を使うので頭の老化防止にもきっとなるだろうと、その効用にも期待しているところです。

 自分の事だけを書いてしまいましたが、新年のスタートに免じてお許し下さい。皆様もそれぞれの計画が、普段の努力によって達成されますことを願っています。

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51.「この道はいつか来た道、いつか来る道」

投稿者:山さん

December 12,2009 

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 師走を迎えた10日(木)、久しぶりに室内のワックス掛けを始めた。合間に外で作業をしていたら、自宅前の国道を年老いた女性が一人、この寒い日にコートも着ないで肩をすぼめヨタヨタと歩いていたのが目に入った。

 妻に話して自宅に連れて来て話を聞くと「自分の家に帰るところで、足が痛くて疲れて寒い!」とブルブル振るえている。よく見るとサンダル履きのままでした。暖かいお茶を飲ませたら「暖まった!ありがとう!」と言って喜ぶ。
 
 名前と自宅の場所だけしか分からないので、知り合いに電話すると「その方の実家も親戚も今はない」とのことで、警察に電話をして来てもらいました。

 簡単に言えば、この方はあるディサービスからバスに乗って我が家の隣の町内のバス停(自分の生まれた町内)で降りて自宅に行こうと思ったが分からなくなり約4キロ以上を一人で歩いて来たのです。

 北原白秋作詞『この道』の歌詞「この道はいつか来た道」ではないが、私達もいつこのような状態になるかも知れないと考えさせられた一日でした。「この道はいつか来た道、いつか来る道」で誰もが避けては通られない、年老いてから歩むことになるかもしれない道なのだとつくづく思いました。

 私の母も数年前に一度、同じようなことがありましたので人事ではなく、お互い様だと思いました。でも無事で良かった!

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50.「~口に出して言うのは十人、実行するのはわずか一人~」

投稿者:山さん

December 3,2009 | コメント(3)

 ついに一年の最後を飾る師走を迎えてしまいました。この冬は温暖とかの予想も出ていますが、政治や経済の状況と同じでいつどうなるのか悩む所です。

 さて最近、三沢タイムズが県内で注目されてきていることを大変嬉しく思います。それは、三沢の街を損得抜きでPRし活性化させたいという思いが伝わってくるからです。こんな応援隊がもっともっと三沢にほしいものです。

 今回は誰の言葉かはっきりしませんが、「この世の中に同じ事を考える人は百人いる。その事を口に出して言う人は十人、実行する人はわずか一人しかいない」ということについて書いてみたいと思います。

 確か私達も新聞やテレビ等を見ながら、「あ?私もそう思った!そう感じた!」と思うことが良くあるものです。また会話の中や会議の席で、「この人は私と同じ考え方をしている!」と気づくこともあります。

 自分の考えている事や思っている事を口に出して発言出来るということは、簡単に思えてなかなか容易ではありません。この言葉からすれば、自分の考えている事は、単純に九十九人の賛同者がいると思っていいということです。あとは、その考えやアイデアを口に出してまで言えるかどうかです。「こんな事を行ったら人に笑われるのでは?」と思えばつい口を閉じてしまいたくなります。

 ましてやその事を実行するとなれば、いろいろ困難な問題や人間関係が生じてきます。声に出して人前で発言するだけでも勇気が必要なのに、実行、実現することがいかに大変なのかが良く分かります。

 おそらく発明や発見をしてきた方々、もしくは新たな事業、組織、団体などを起した方々は、そんな多くの悩みやしがらみを断ち切っての結果ではないでしょうか?ただし、その根本には人のため、社会のために役立つものであってほしいものです。ただ自己満足のための実行・実現者では、悲しい気がします。

 今、三沢市では“活気あるまちづくり”に行政を始めとして、NPOを含む種団体、組織、個人などが懸命に取り組んでいます。

 その中でこの三沢タイムズも三沢市を盛り上げるために、創刊以来努力をして現在に至っています。これもわずか一人の想いある実行者あってのことです。だからこそ今、三沢市のいろいろな分野を紹介するインターネット情報誌『三沢タイムズ』が注目を浴びているのではないでしょうか。

 我が家の庭の木々は、ほとんど黄色に染まり葉を落として淋しくなりました。その庭を見ながら、ちょっと意味は違いますが「先ず隗より始めよ」という中国の言葉も思い出しています。誰でもいいから気が付いた人から何かを始める、実行するということの大切さを感じてなりません。

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