February 28,2012
今年は例年になく厳しい寒さが続き、積雪も多くそのために、日本各地で雪害の悲しい事故や交通マヒの記事が多く報道されたような気がしています。
間もなく去ろうとしている2月ですが、我が家にはささやかな春を告げる黄色の花が二種類、風除室のミニバラと黄色のフリージアの花が咲いています。一日も早くこの厳しい冬が去ってくれることを願って毎日を過ごしている今日このごろです。


今回は「同性に好かれる人間でありたい」ということについて、私の経験から少し書いて見たいと思います。正しくは「同性にも好かれる人間でありたい」と書くべきかもしれません。
私が中学や高校、大学生活を過ごして来たことを振り返ってみると、案外と異性には大変好かれるが、何故か同性には好かれないという方を何名か思い出すことがあります。男性の私から見れば、とても人柄も相手に対する接し方も申し分ないのですが、同性からは「え~、あの人が?私大嫌い!」というのです。そういう方には、私だけではなく同じように思っている方がたくさんいたので書いてみることにしました。
そういう方は同性に対しての接し方が異性に対する接し方よりは、横柄な態度や相手を見下したような態度をするので嫌がられているようでした。私達にはそのようには全く感じられないので信じられないほどです。また勤めてからも同じような体験を何度かしたことがあります。
よくよくそういう方を見ていますと、同性と異性に対しての人間としてや仕事上の事での使い分けが巧みだということがわかります。異性の機嫌をとり接し方が上手なので、ついついその気になって信じさせてしまう術が自然に身についているような方ばかりでした。
私が男性だから女性のことだけを書いているのではありません。女性にも男性にも同じような方を目にすることがあります。何といっても「同性に好かれる人間」でなければ、どこかその方の生き方や考え方に二面性を感じて信頼感が不安になってきます。出来れば、自分らしい生き方を通しながら「同性にも異性にも好かれる人間でありたい」ものです。
同性に嫌われる方や異性に好かれる方の総てが、今までに述べた内容に当てはまるということではありません。自己主張がはっきりしていて、自分の生き方をしっかりもって人間と接している方は、誰に嫌われ好かれようと“我が道を行く”ですばらしいと思います。
このコラムを書いている自分はどうなのかは、他人に判断してもらうほかはありませんが、ただ人間を判断する時には、ちょっと立ち止まって「この方は異性に対してはこういう接し方だが、同性に対しての接し方も同じなのだろうか?」と考えて見ることも時には必要ではないでしょうか?特に仕事をする時には重要な見落としになることもあります。
一般に女性は男性が入るとおとなしくなるとはいいますが、若い年代でも人生経験豊かな方々でも同じではないかと考えます。人間観察を書いたつもりはありません。結局は、人間は同性に対しても異性に対しても同じような接し方をして、自分を正しく評価してもらうことが大事ではないかと思います。悪い意味で、相手によって接し方が変わるのはどうもいただけません。










