2010.04の記事一覧

55.「賢こい鳥はとまる木を選ぶ」

投稿者:山さん

April 5,2010

 3月のコラムを追加出来ぬままに新年度を迎えてしまいました。新しい2010年にすれば4ヶ月目、22年度となれば新たなスタートでもあります。それぞれの学校を卒業された方々は、新たな進学や就職で新しい生活が始まっていることと思います。また、3月で定年を迎えてノンビリされている方、再就職された方、転勤や人事異動で心新たに頑張っている方々にとりましては、何か少しでも良い方向が見えますことを願っています。

 さて、今回は「賢こい鳥はとまる木を選ぶ」という言葉について書いてみたいと思います。この言葉は、昨年11月に三沢市で『禅にきく人生』という講演をされた曹洞朱大本山總持寺前貫首(現在:福井県越前市にある御誕生寺住職)の板橋興宗禅師という82歳になられる方の言葉です。本人は現在、ガンを発病されて第四ステージという末期ガンの状態で闘病中だそうですが、驚異的な精神力と信仰心で御健在です。今年度に入ってから、板橋興宗禅師自身が作成された暦を知人から分けてもらった中にあったのがこの言葉です。

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 賢い(本人は「賢こい」と記述)鳥は、天敵から逃れるためや餌を見つけやすい場所を選んだ上でそのに木にとまっているのでしょうか?説明がないので分かりませんが、そんな目で鳥が木にとまっている様子を見ますと、どの鳥も賢そうに見えてくるから不思議です。言えることは、鳥にも賢い鳥とそうでない鳥とが存在するらしいということです。その前提でなければこの言葉は成立しません。これからは、とまる鳥の木の位置を見て鳥をじっくり観察してみたいものです。

 それでは、私達人間に当てはめるとどんな言葉になるのでしょうか?「賢い人間は、賢い人間を選ぶ?」「賢い人間は、役に立つ人間を選ぶ?」「賢い人間は、金を選ぶ?」「賢い人間は、権力を選ぶ?」どんな言葉を当てはめてもなぜかピンときません。当てはめるのは、どう考えても無理のようですね!

 そうでなくても、昔から「類は友を呼ぶ」という立派な言葉があります。最近では、ちょっと拡大解釈をして「類は類を呼ぶ」も普通に使われているようですが、人間はなぜか自然と似たような考え方をする仲間が集まってくるものです。人間集団では、何か特別な目的を持ってその集団に入ってきた方は、何処かで誰からともなく気づいて、本人が気まずくなって自らその集団を去っていくので、「類は友を呼ぶ」「類は類を呼ぶ」になってしまうのでしょうか?

 人間の賢さは、その人の職場における地位や役職でもなく、その人の人間としての他人への思いやりや気遣い、心配り、機会を見ての言葉がけなのではないかと思っています。言い換えれば、他人への思いやりや気遣い、心配り、機会を見ての言葉がけなどの回数?ではなく、どんな場面でそのことがどれだけ実行できたかが賢さのバロメーターになるのでしょうか?

 この問題はこの程度でお許しいただき、後は皆さんで自由に考えてもらえれば幸いです。それだけでもこのコラムの役目を果たせたかな?と自己満足をしている私です。

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 昨年は4月26日に思いがけないたくさんの濡れ雪が降って、大変な目に合いました。我が家の庭にも雪の姿を見ることはなく、道路沿いの花壇にはたくさんのクロッカスが白い花を咲かせてくれています。今こそ春よ来い!ですね。 

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